まさかの尖子ネタ続編でございます。結局「はい、ごー、よん、さん、にぃ~……」の腕を広げる抱擁ポーズのスクショが撮れませんでした。十人の尖子コピー用意して、一晩頑張ったんですが……。あれは思った以上にレアな行動だったのか。くやしいのぅ。くやしいのぅ(´・ω・`)
そういや淡子の「ピロピロ」も慎子の「おちつけぇー」も聞き耳だけで体験しておりません。こればっかりは運かと凹みながら、久しぶりの小ネタを。
前回に大喧嘩して、雨降って地固まるばりに恋人としてお付き合いを始めているという設定で。劇中の「俺」はそれぞれ違う時系列の人物であり、決して何股もしてるクズではありませんのであしからず。
例の如く、ご自分に「俺」を投影してお読みくださいまし。
……
どこか遠くで拍手と歓声が上がるのが聞こえた。眼下には、ふざけてばかりでちっとも片付けの終わらない生徒たち。廊下の外を、楽しげに騒ぐ男女が通り過ぎていく。
皆が浮かれていた。祭りの余韻に浸るように。祭りの終わりを惜しむように。俺にとってはこれが高校生活最後の文化祭となる。感傷的な性格ではなかったけれど、こうして終わりを迎えてしまうと、一抹の寂しさが心をかすめた。
「いつまでそうしているか見ものですね?」
そう声を掛けられるまで、教室で一人外の景色をぼんやりと眺めていた。きっと「彼女」なら、俺がどこにいても見つけてくれるだろうから。
「なんだ、尖子か。今は放っておいてくれ」
「なんだとはご挨拶ですね。……ま、私もあなたの間抜けな顔を見に来ただけですから」
尖子がそばに寄ってきて、憎まれ口を叩く。茜色に染まる彼女の横顔。いつものように澄ました表情だが、今日は心なしか機嫌がいいように見えた。
「終わったなあ。まったく、最後の文化祭だってのに有終の美を飾れないとはねぇ」
「別に、人気投票なんて気にするものでもないでしょう? 賞金が出るわけでもあるまいし」
「僅差での次点ってのが悔しいんだよ」
俺のクラスの催し物は後付けの「メイド」喫茶だった。関わる気はまったくなかったのだが、「推薦」とは名ばかりに(主に理子の扇動で)、文化祭の実行委員を押し付けられてしまった。今思えば、まんざらでもなかったのかも知れない。実家が喫茶店をやっていたせいか、コーヒーや紅茶の淹れ方については俺にも一家言あった。朗子の茶菓子も、肝子お手製のメイド服はプロ顔負けの出来だったし、旅館の娘たる凛子の指導は、まさに接客業の鑑(かがみ)だった。かくして、学生のわりに本格的な我らがメイド喫茶は人気を博し、生徒会の行った人気投票でトップに躍り出たわけだ。文化祭の最後のプログラムであるバンド演奏が来るまでは――。
「ていうかさ、締めのライブは反則だろ?」
「……あなた、ノリノリでしたよね」
「覚えてないな」
いや、忘れるわけがない。あの三人の演奏は。ボーカルギターの軽子とベースの晴子、そして何よりキーボードを弾いた慎子の姿に俺は驚かされた。人見知りの激しいあいつが、人前で堂々と生ライブなんて。正直、鳥肌が立った。悔しさなんて吹き飛ぶほどに、俺は三人の奏でる音色と歌声に聞き惚れた。
「人気云々などお構いなしに、みんな楽しんでいたと思いますよ」
「まあ、な。ただ、あんだけ啖呵切ったぶん、クラスのやつらには申し訳なくてさ……」
「……」
「……」
尖子はそう言うものの、俺の気分は完全には晴れない。単に気持ちだけが先走った自分に、クラスメイトらが付き合わされた結果のようにも思える。会話はそこで途切れ、何か言葉を探そうとして俺は再び窓の外に目をやる。ややあって尖子のため息が聞こえたと思ったら、彼女はどういうわけか両手を広げ、突然のカウントダウンを始める。
「はい、ごー、よん、さん、にぃ~……」
「え、え?」
それが抱擁を求めているサインだと気付けたのは僥倖だったのかも知れない。俺は戸惑いながらも、誘われるまま尖子に寄り添う。彼女はふわりと優しく俺を抱き締めると、耳元で囁いた。
「あなたが一番頑張っていたのはみんなが知っています。あちこち奔走して、頭を下げて、放課後も遅くまで残って。メイド役だけでなく、裏方の子にもちゃんと声を掛けて気にしてあげてた。そんなあなたの姿はとても素敵でした」
「尖子……」
揺れる瞳がじっと俺を見ていた。やがて瞼が閉じられ、尖子は何かを待つような素振りを見せる。さすがにその「何か」が解らないほど鈍くもなく、俺は彼女にキスを……
「……と、言うとでも? ここでお役御免だと思っているでしょうが、あいにくこのあとは体育祭と修学旅行が待ってるんです。どうせお人好しなあなたのことですから、何かしら厄介ごとを背負うんでしょう。マゾなんですか? ああ、そういえば真性のマゾ野郎でしたよね。だからいつまでも腐ってないで、とっとと気持ちを切り替えて下さい」
……しようと思ったら、思い切りジト目で睨みつけられた。先ほどまでの甘い雰囲気は一変して、ダメ出しとお叱りの「尖子節」が容赦なく俺に突き刺さる。
「だいたい、あなたは……」
一度こうなると彼女は長い。これは二人のいつものやり取りではあるのだが、言われっぱなしも癪に障る。だから俺は、彼女の言葉以上に自己主張の激しいその二つの豊かな双丘を両手で揉んでやった。
「お前さー、彼氏をもっと労わってくれよ」
ブレザーの生地の上からでも伝わるボリュームと、自在に形を変える柔らかさに心が和む。いつ揉んでも尖子の胸はいい。脂肪の塊と彼女は言うが、俺にとっては夢の塊だ。しかし、そんな至福の時間は、明滅する視界と頬に感じる痛みと共に終わった。
「あ、愛が痛い……」
「ドコ見て話してるんですか。あんまりするとお金取りますよ」
「お、言うねえ。じゃあ、お前の人生ごと買ってやるよ」
「……ふん。馬鹿言ってないで。ほら、さっさと帰りましょう?」
……
帰りの道すがら、出会うクラスメイトたちは誰もが笑顔でねぎらいの声を掛けてくれた。そして立ち話もそこそこに、俺の隣の尖子に「お幸せに!」と耳打ちをしていく。わざと聞こえるように。
「顔が赤いですよ」
「こっちの台詞だ」
二人で夕暮れの通学路を歩く。俺も尖子も電車通学なのだが、一緒に帰るときはどちらからともなく歩いて帰るようになった。三駅分の距離はそこそこあるが、その時間は不思議と短かった。「少しでも長く一緒に居たい」お互いに言葉にこそ出さなかったが、その代わりに手を繋いで歩く。すっかり馴染んだ指の感触と体温と、他愛のない、いつもの会話。そのさなか、川に掛かる大きな橋の真ん中辺りで、ふいに尖子が家に誘ってきた。
「……今日、うちに寄っていきますか?」
テスト前などはよくお互いの家で勉強もしたが、今は時期が違う。なんとなくそういうムードになって、結果として科目が保健体育の勉強に変わってしまうこともしばしばあるが、事に及ぶのは俺の部屋でだけだ。さて、このお誘いをどう捉えたものか。まじまじと尖子の顔を見ると、彼女は少し照れるようにして、そっぽを向く。
「……勘違いもほどほどに。母があなたを夕食に誘えとうるさいんです」
「ま、マジで? いやー、尖子のお母さんって若くて美人だから、俺照れちゃいますなー」
「人の親に色目使うとか……。キモい、キモい、キモい、キモい、キモい、キモい、キモい、キモい」
下心を悟られてしまっただろうか。誤魔化そうとして、俺はおどけてみせる。すると、尖子もいつものように容赦なく鞄をぶつけてきては俺を罵った。むろん、お互いに本意ではない。じゃれ合っている、という表現が正しい。
俺は思い返す。何度、この橋を二人で歩いただろう。時には全く口を聞かない日もあった。さめざめと泣く尖子を置いて先に行く日も、口喧嘩のあげくに思い切り頬を叩かれた日もあった。そして、初めて手を繋いだ日、思いを告白した日、初めてキスした日もこの場所だった。
この橋は心がすれ違った場所であり、それ以上に心を通わせた場所だった。今の俺にとって、それら全ての思い出が愛おしかった。尖子にとっても、そうであって欲しい。
「それにさ、お前とそっくりで優しくていいひとだしなー!」
鞄を振り回す尖子から逃れるように、俺は笑いながら駆け出した。少し先で振り返ると、躊躇いもせずにそう叫ぶ。やれやれと、苦笑いを浮かべて肩をすくめる彼女。俺は橋の手すりにもたれるようにして、尖子が追いつくのを待った。遠慮がちに寄り添ってくる尖子と二人で、しばし川の向こうの景色を眺める。
「……さっきの話、ほんとうですか?」
「ん? さっきの話?」
ぽつりと呟くように言う彼女。俺は聞き返すも、尖子は遠くを見つめたまま、まるで独り言のように続ける。
「私、一戸建てじゃないと認めません。庭付き、駐車場付き。駅も学校も近くて、買い物も便利じゃなきゃいやです」
「子供は男の子と女の子の二人。大きな犬も飼いたい。そして、何より……」
「何よりも私は、幸せな家庭を築きたい。ずっと幸せに暮らせる家庭を。それが、私の思い描く人生です」
そこまで言い切ると、彼女は深く息を吐き出した。橋の手すりを掴む手がわずかに震えている。何か言おうとした俺を、意を決したようにこちらを向いた尖子の言葉が遮った。
「……そんな人生をあなたは買ってくれるのですか? 私の……私の夢をあなたは叶えてくれるのですか?」
彼女の瞳が自分を見ている。俺だけを見ている。出会った頃は何も映っていなかった、尖子のがらんどうの瞳。その空虚を埋めてやろうと決めた。さんざん回り道して、つまずいて、諦めかけて。今はその瞳の中に自分がいる。そして、同じように俺の目にも、いっぱいの尖子が映っているのだろう。この恋は、決して俺だけの一方通行ではなかった。彼女も俺の思いと行動に応えようとしてくれているのだ。
(ああ、そうか)
ふいに答えが出たような気がした。その願いを叶えてやれるかどうかは、漠然としすぎてまだ自信がない。それでも二人一緒なら見えるような気がした。尖子は勇気を振り絞ってくれた。ならば、俺もこの思いに素直でありたい。
「俺に、できるかな」
「できますよ。いや、やってください。命令です」
約束しろとばかりに、尖子が目を瞑り、細いその顎を突き出した。今度はじっと動かず俺を待っている。まさかここでフェイクはないだろうと苦笑いしながら、彼女に顔を寄せた。
ケッコンENDですね。二人とも同棲しつつ同じ大学に通って、「俺」は大学図書館の司書、尖子は厳しい躾で評判の保育士になります。同窓会の酒の席でみんなに煽られ、翌日には入籍届けを……の辺りまで妄想して吐血しました(´д`)